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大人の手のひらほどもあろうかという大きさ、カツオ節そっくりの形、そして横に添えられた小槌の正体は?
実はこれ、飴なんです。あまりにも大きい飴なんで、割って食べて欲しいという事で小槌が添えられているという訳。早速割ろうとチャレンジしてみると「チン、チン!」可愛い音はするものの、飴自体はビクともしない…
固さだけなら本物のカツオ節と良い勝負かも(笑)
明治20年創業からの製法と味を守り続ける5代目社長、山西史高さんにお話をうかがいました。
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カツオ節そっくりの形をした大きな飴の塊、同梱してある小さなかわいい槌。土佐人の豪快さが形をなしたような飴に思わず目を奪われます。 高知県出身のお客様の結婚披露宴のプチギフトにお使い頂いたこともあります。 小槌で飴を割るという面白さが受けて、外国人観光客にも人気です。 |
| カツオが丸々一匹で〜んとかまえるパッケージ、そして封を開けるとぷ〜んと広がるシナモン(ニッキ)の香り。商品名はわからなくとも、この匂いを嗅ぐと「あ〜、あの固い飴ね。」と昔を懐かしむ方も多いのではないでしょうか?というのも数十年前までは高知にはこれといった土産菓子はなく、“松魚つぶ”は高知の土産物の代名詞的な存在だったとか。
「つぶ」とは土佐弁で飴のこと(若い人は知らないかも…)。一目で見てわかるように飴の形がまんまカツオ節!お祝いの席で鰹は「松魚」という当て字を用いたことからこのネーミングとなりました。 “松魚つぶ”が誕生したのは明治20年。現在はりまや橋観光バスターミナルのある場所にオープンした「山西金陵堂」というお菓子屋さんの目玉商品として考案されたのがはじまりだとか。 |
昭和7年頃の山西金陵堂 高新企業出版「土佐の高知いまむかし」より (小嶋正隆氏撮影)
※現在店舗はありません。
松魚つぶの原材料は水飴と砂糖、そして香り付けの肉桂皮(シナモン)と肉桂油のみ。水飴と砂糖を別々で炊き、練り合わせて再び炊きあげ、型枠に流し込んで冷やせば出来上がりと作り方もいたってシンプル。とはいえ、120年も続いているのにこだわりがないはずがありません。
山西さんに詰め寄ると「他の菓子屋じゃ使わんような高級な砂糖を使ってる」そうです。(やっぱり!)
「とにかく高温で煮詰めること」 これがあの固さを生むらしいのですが、普通の砂糖だと不純物が混ざっているため、「温度が高くなる前に焦げてしまう。」
そこで、不純物のほとんどない上質な砂糖を使うんだそうです。琥珀のようなあのキレイな色はこの砂糖のおかげなのです。
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焦げないように炊きあげます
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高温で炊いた飴は歯にくっつかないんだとか
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独特なカツオ節の形は木で作った型枠に飴を流し込んで作ります。年季の入った木枠は「傷んでくると見よう見まねで彫って作る」そうで、確かによく見ると1つ1つ形が違います。決まった分量を片面の枠に流し込むので、内容量は一定になりますが、1つ1つ形が違うなんて本当のカツオ節みたい(笑)
また、作業工程は全て手作業、その上湿度の高い時期は作れないとの事で、「原材料費から人件費まで考えたら、間違いなく赤字。けんど止めるに止めれん。(止めようにも止められない)」
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何年も使い込んだ木枠
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上・箱入り315円 下・袋入り315円
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松魚つぶ こつぶ 315円
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いくら赤字とは言え、昔からのファンが少なくないのも事実。 「あちこちのお菓子屋さんからも、もういっぺん、売れるような土産にしようともよく言われます。(販売の権利を)貸してよとかね。でもこれだけは外には出しません。」 というのも、ああしろ、こうしろと一切言わなかった先代社長のお父さんがたった一言、 「創業120年の看板を続けたかったら松魚つぶだけは続けろ。これがはじまりやき、これを止めると言うことは、のれんをおろすときや。」 この言葉があったからこそ、時代の荒波にも負けず、松魚つぶは泳ぎ続けているのです。 「菓子屋である以上、いつかは新しい菓子をやりたいという思いはある。今まで販売ルートは作ってきたので、売る場所もたくさんある。でも、どうせやるなら、自社店舗だけで販売したい。どこでもかしこでも買えるというんではなく、ここに来んと買えん菓子を作りたい。いいものを作っていきたい。」 伝統をコトコト煮詰め、新たなる山西シナモンをふりかけた時、どんな新しいお菓子が誕生するのだろう… |
![]() 創業から数えて5代目、現社長の山西史高さん |
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